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大阪高等裁判所 平成元年(う)315号 判決 1989年7月11日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人田中美智男作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決が証拠の標目に挙示している中島邦生作成の鑑定書の鑑定対象たる被告人の尿の採尿手続には、警察官が、警察署への任意同行に一旦応じた被告人のその後における退去要求を実力で阻止し、更に、任意の採尿に応じないのであれば強制採尿のための令状取得までの間警察署に留め置き、強制的に採尿する旨心理的強制を加えた各違法が存し、右違法は、採取された尿自体のみならず、その鑑定結果を記載した右鑑定書の証拠能力をも失わしめるというべきであるから、右鑑定書の証拠能力を肯認して事実認定に供した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというものである。

そこで、記録を調査し当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、右鑑定書の証拠能力を肯認した原判決に誤りはなく、原判決が「争点に対する判断」として詳細に認定、説示するところもすべて首肯できる。すなわち、関係証拠によれば、被告人が尿を警察官に提出するまでの事実関係は、原判決が「争点に対する判断」中に認定するとおりであって、その主要な点を所論に対する判断に必要な限度で摘記すると、被告人の此花警察署に対する不得要領な電話がきっかけとなって被告人方に赴いた警察官に覚せい剤の使用を疑われ同署への任意同行に応じた被告人は、事情聴取に対し素直に覚せい剤使用の事実を認め、尿の任意提出にも応じるとして一旦は採尿用の容器を受取ったものの、実際にはそれに尿を採取せず便器に排尿してしまったこと、これに対し、警察官は、被告人を取調べ室に同行して尿の任意提出に応じるよう説得したのであるが、被告人は今度は容易にこれに応じようとしなかったこと、警察官の右説得は尿を提出するまで約一時間にわたったが、この間、被告人が「刑訴法の規定に基づいて帰らしてもらう」等と言いつつ席を立とうとしたところ、警察官によって肩を抑えられ、椅子に座らされる等して退去を阻止されたこと、更に、右説得の過程において、警察官から「俺らも忙しいんやから素直に小便出して帰れ。明日の朝まで待って、裁判所から強制採尿の令状をもらってきて小便とろか。」等と言われたこと、右のようなやりとりの後、被告人は採尿に応じるほかはないものとし、自ら容器に尿を採取した上、尿の任意提出書、所有権放棄書を作成し、警察署から退去したこと、以上のような事実が明らかであり、原審証人安井誠剛、同葛原義久の各供述中右に反する部分は信用できない。右事実関係に基づき、警察官が被告人から尿の提出を受けた手続の適否及び右尿の鑑定結果を記載した鑑定書の証拠能力について考察するのに、まず、採尿手続の適否については、警察署に任意出頭した被疑者が退去したいと申し出た場合であっても、取調べあるいは尿の提出を受けるなどの必要上、警察署に留まるように説得することはもとより許される行為ではあるが、それはあくまでも任意手段として許されるのであるから、強制にわたるものであってはならないことはもとよりである。本件の場合には、被告人において、尿の提出を拒否し、退去したいと申し出ていた上、実際にも退去するため椅子から立ち上がるなどしたのであるから、被告人の退去を求める意思は明確であったのに、退去しようとする被告人の肩を抑える等して実力でこれを阻止した上、尿を任意に提出しないのであれば翌朝まで待ってもらって強制的に採尿すると告げるなどして尿の提出を求めたことは、被告人をその意に反して警察署に留め置き、尿の提出を心理的に強制した点において、任意捜査として許容される限度を超えた違法があるといわざるを得ず、被告人の提出した尿は、真実任意に提出されたものとは認め難く、その採取手続に違法があるということになる。しかしながら、その結果得られた尿及びその鑑定結果を記載した鑑定書の証拠能力についてみると、右の違法が直ちに右証拠能力を失わしめるものと解すべきでなく、その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、その結果得られた証拠を許容することが将来における違法捜査の抑制という見地からして相当でないとみられる場合にのみ証拠能力を否定すべきものであるところ、本件における右違法の程度は、被告人が一旦は尿の任意提出に応じる意向を示したこと、被告人の任意同行後尿提出までに要した時間が一時間程度であること、被告人の退去を阻止するのに用いられた実力行使の程度が軽微であったこと、その他原判決が「争点に対する判断」第五項において指摘する点を考慮すると、それによって得られた証拠の証拠能力を否定しなければならないほどに重大であるとはいえず、結局、右鑑定書の証拠能力は肯認されて然るべきである。所論は、令状を取得するまでの間警察署に留め置いて強制採尿するというような警察官の言辞は、強制採尿に必要な令状取得手続を省く意図に出たものであり、また、被告人の明確な退去要求を実力でもって阻止するようなことも、令状によらないで身体を拘束しようとするものであって、いずれも令状主義を潜脱しあるいはその精神を没却しようとするもので、重大な違法であると主張するのであるが、前述のような本件捜査の経過、違法の程度、態様等に照らし、警察官に右主張のような意図があったとは認め難く、所論は採用できない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審未決勾留日数の算入につき刑法二一条、当審訴訟費用を負担させないことにつき刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡次郎 裁判官 清田賢 島敏男)

<以下省略>

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